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ウサギの楽園は毒ガス兵器の研究所 大久野島 

瀬戸内海に浮かぶ小さな島がある。名前は大久島。広島県から沖合いに3キロメートルほどの場所に位置しており、島の一周は4・3キロメートルほどの小さな島だ。この島には現在、700羽を越す野生のウサギたちが生息する「ウサギの楽園」として知られる島で、年間を通して国内外から愛らしいウサギを目当てに多くの観光客が押し寄せている。このウサギたちは人に対する警戒感が希薄で、それゆえ人懐こく、餌でも与えようものならたちまち周りに集まってくる。そのモフモフ感たるや、愛好家でなくとも心和む光景である。
だがこの島には「ウサギの楽園」という一面の他に、「地図から消された島」や「毒ガス島」という暗い異名が存在している。なぜならばこの島は、第一次世界大戦以降、化学兵器製造の拠点だったからである。
化学兵器は1925年のジュネーブ議定書によって戦争での使用が禁止されていたが、開発保有は合法だったため、日本は生産の拠点を地理的にも秘匿が容易な大久野島を選択した。この毒ガス工場の存在によって大久島一帯は空白地帯として扱われ、この島では中国大陸での使用や本土決戦にそなえて大量の毒ガスが製造された。その総量は6600トンにも上り、後にマスタードガスと呼ばれるイベリットガスやルイサイトガス、呼吸困難を引き起こすクシャミガスや催涙ガスなどが製造されていた。
第二次世界大戦後、この島はGHQによって閉鎖され、島にあった大量の化学兵器は海洋に投棄されたり、火炎放射器によって焼却処分されている。しかし、島にはいまだに毒ガス兵器の脅威が残っているとして、一部地域は未だに人を立ち入ることを禁止した地区となっている。
この島では毒ガス実験のために多数の小動物が飼われており、上記にあるウサギたちはその実験動物の子孫ではないか、とも言われている。この島がもう二度と、悲惨な経験をしないことを祈るばかりだ。
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日本国家存亡の危機 白村江の戦い

日本の歴史において外国による国家存亡の危機は何度かある。世界最強の騎馬軍団を従えた巨大帝国・元の襲来、初の白人種との全面戦争となった日露戦争、そして太平洋を隔てておこなわれたアメリカとの総力戦などなど。だが、古代日本において、日本という国が根底から消滅させられかねない外国との戦いがある。それが白村江の戦いである。
白村江とは当時の朝鮮半島の地名である。6世紀から7世紀当時、朝鮮半島では高句麗、新羅、そして百済という国が半島の統一を目指して群雄割拠する戦国時代であった。日本はこの頃、倭国と呼ばれ、朝鮮半島の一角を占める百済と友好関係にあった。戦乱が続く朝鮮半島の情勢は日増しに悪化の一途を辿っていき、その情勢の変化を倭国も敏感に感じ取っていた。新羅を支援するため、大国・唐が動き始めていたからである。
そして倭国の不安は現実のものとなった。660年、百済が唐・新羅連合軍に敗れ、滅亡した。生き残った百済の臣たちが友邦国であった倭国に落ち延び、倭国に救援を求めたのである。倭国としても悪化する半島情勢に手をこまねいたままではいずれ戦乱の火種が自国にも及ぶかもしれない。火種が業火となる前に手を打つべし。その声が大半を占めるようになり、ついに倭国は半島への出兵を決める。こうして倭国にとって運命の決戦が開始された。
朝鮮半島へと向かうため編成された倭国軍の総兵力5万を超えた。この当時、これほどの兵力を倭国が動員したのは初めてのことであった。だが、敵である唐・新羅連合軍は倭国軍をはるかに凌駕する兵力を誇っていたのである。具体的な兵力総数は不明だが、幾つかの記録によると、最低でも15万を越す兵力があったと推定される。これは単純に倭国軍の三倍であった。
戦いは661年に始まり、663年まで続く。倭国軍は半島にて海で、そして陸で、唐・新羅連合軍を相手に激戦を繰り広げ、そして敗北した。所々の戦いでは勝利したものの、大国・唐の圧倒的な軍事力の前には歯が立たなかったのである。特に白村江河口においての損害が極めて大きく、この大敗が勝敗の決定打となった。敗北した倭国軍は朝鮮半島から撤兵し、百済は完全に滅亡した。
この戦いの結果に倭国は震撼した。倭国は朝鮮半島での権益を失っただけでなく、唐の報復により倭国本土が侵略されかねない危険におちいったからだ。倭国は国家防衛のために対馬や大宰府、瀬戸内海に無数の砦を築き、防人と呼ばれる兵士たちを配備した。さらには国防体制・政治体制の変革が迫られ、その過程において国号も倭国から日本へと変更される。だが、幸いにも唐軍は倭国まで侵攻することなく軍の侵攻を朝鮮半島内でおさめ、支援していた新羅による朝鮮半島統一が成し遂げられると軍を引き上げていった。これは日本にとっては極めて幸運な出来事であったといえよう。
こうして古代日本最大の危機は終わったのである。
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グーニャ

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