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獣害 福岡大学ワンダーフォーゲル部羆遭遇事件

猛獣が少ない日本において人命にもっとも被害をもたらす獣が羆である。北海道に生息するこの羆は、三毛別羆事件など、数多くの獣害事件に関与している。
1970年7月25日、福岡大学ワンダーフォーゲル同好会夏合宿日高パーティーの5人(リーダー竹末一敏、サブリーダー滝俊二、興梠(こおろぎ)盛男、西井義春、河原吉考)が九の沢カールにて羆と遭遇した。これが羆と彼らとの初めての接触となった。
 当初、5人は羆を怖がっておらず、興味本位で観察していたが、やがて羆の方から近づいてきてテントの外に出してあったリュックを漁り食料を食べはじめたことから、5人は食器を打ちならし、火を点け、ラジオの音量を上げるなどして一時は羆を追い払うことに成功した。だが、夜21時、羆が再びテントにやってきてテントに爪でこぶし大の穴を開けるなどしたため、メンバーは2人ずつ見張りをだし、2時間交代で眠りについた。
 翌26日、朝の4時30分頃にまた羆が現れた。羆はしばらくテントの付近をうろうろしていたが、やがてテントへの侵入を試みる。この時、驚いたメンバーは急いでテントを脱出して無事だったが、この時から羆は執拗にメンバーを追跡するようになった。
 リーダーの竹末は救助を求めることを決め、滝と河原に札内ヒュッテか営林署に連絡してハンターの要請を頼むよう滝と河原に命じ、2人は5時頃九の沢を下りていった。2人は7時15分、北海岳友会(北海道学園大学)のパーティーと遭遇し、彼らも福岡大のパーティーを襲撃した羆に遭遇していたことを知る。滝と河原は北海岳友会のメンバーにハンターの要請を託し、食料や燃料の提供を受け再びキャンプへと戻る。やがて竹末ら本隊と合流し、15時にカムイエクウチカウシ山北方付近にて幕営することとなった。
 だが夕食後の16時30分、またも羆が出現。メンバーは一斉に逃げだし様子を伺ったが、羆はテントを占拠したままであった。そのため竹末は鳥取大のパーティーに泊めてもらうよう依頼するため、興梠と河原を八の沢カールへ向かわせた。竹末はテントの様子を見るため偵察にでかけるが、羆はまだテントを占拠したままであったためテントを諦めて全員で鳥取大の幕営地へ向かい、途中、帰ってきた興梠と河原と合流した。
 一行がカールへ下る18時30分頃、西井が後を振り向くとそこに羆がいた。全員が一斉に逃げだすが、河原が羆に追いつかれ襲われる。「ギャーッ」という河原の叫び声が響き、直後に「チクショウ!」という叫び声が聞こえた。河原はなおもカールの方へ逃げていったが、それが彼の最後の姿となった。
 竹末が声をからして鳥取大のパーティーに助けを求めると、彼らはホイッスルを吹き、焚き火をしてくれた。
 羆襲撃後、竹末、滝、西井は集合するが、興梠とは連絡が取れなくなり、別離。興梠の名前を呼ぶと遠くで1回だけ応答する声が聞こえたが、結局、その後、彼が姿を現すことはなかった。
 その後集まった3人は鳥取大のパーティーと別れ、岩場に登り夜を迎えた。
 はぐれた興梠はしばらくハイマツに身を隠していたが、竹末の呼ぶ声は聞こえたが内容がわからなかったため合流することができなかったのだ。その後、興梠は鳥取大のテントへ駆け込んだが、鳥取大のパーティーはテントを放棄してすでに下山した後であった。興梠は気持ちを落ち着かせて息を潜めていたが、羆は現れず、疲れもあったため残っていたシュラフに入って眠りについた。
 翌27日。一夜を明かした竹末、滝、西井の3人は8時から河原と興梠を探すために行動を開始するが、すぐに羆と遭遇。襲撃に遭う。3人が逃げ出すと、羆は竹末を追いかけていった。そして竹末の姿はこれが最後となった。
 滝、西井の2人は羆が竹末に向かっている間に五の沢砂防ダム工事現場にたどり着き、一命を取り留める。
 一方、興梠はこの時点でも鳥取大のテントで存命していたが、その後、羆の襲撃に遭ったらしく、命を落とす。
 28日に救助隊が編成され現地に向かったが、29日に2名が、30日には残りの1名が遺体で発見される結果となった。
 遺体の損傷は激しく、顔半分がなかったり、腸が引きずり出されていたり、鼻や耳や性器といった突起物が引き千切られていたいりと、悲惨極まりない状態であった。検視の結果、被害者の死因は「頸椎骨折および頸動脈損傷による出血死」であったそうだ。
 3人を殺した羆はその後ハンターによって射殺され、事件は幕を閉じた。ハンターたちは掟に従って羆の肉を食べ、3人の遺体は荼毘にふされ鎮魂が捧げられた。事件のあった八の沢には、いまも慰霊碑が祀られている。
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多種多様な動物兵器

古来より、人間は戦争をおこなう際、人間同士で戦うだけでなく、他の動物たちを巻き込んで殺戮戦争を実施してきた。例えば、もっともポピュラーな動物兵器といえば馬の存在がある。馬にまたがって颯爽と大地を駆け抜ける騎兵は近代に至るまで大活躍だった。他にも強力な動物兵器として活躍したのが象である。カルタゴのハンニバルが象部隊を使用してローマ軍を苦しめたことは有名だが、インドでもアレキサンダー大王率いるマケドニア軍と戦うために象部隊が大活躍している。他にも砂漠のような乾燥地帯の戦場では駱駝が使用され、通信手段として長らく活躍していたのは鳩であった。鳩は無線機の故障の際の代用手段として、第二次世界大戦時にも使用されている。学習能力が優れた犬は戦闘のみならず、索敵や追跡、さらには行方不明者の捜索など多岐に渡って活用され、ベトナム戦争時にはアメリカ軍が大量の軍用犬を投じてベトコンを襲わせたりもした。また、知能や学習能力が高いという点で活用されたのがイルカであり、現在では自爆攻撃による潜水艦の爆破、毒矢による攻撃やソナーかく乱などが検討されているという噂もある。自爆という点でいえば、ネズミやコウモリ、ネコなどの小動物を使用する計画がイギリスやドイツなどで持ち上がったこともあるが、小動物であるゆえ運用に危険がともなうと判断され、計画は頓挫している。危険性といううえでもっとも危険と思われるのはクジラの軍事利用だろう。これは冷戦時代に考案された作戦で、クジラの体内に核兵器を投入して敵国海岸付近で爆発させるというものである。ただし、クジラがきちんと敵国海岸付近までたどり着くかどうかは検出不可能であったため、計画は実施されることなく頓挫している。しかし、現在において実用可能かつもっとも有効な動物兵器は細菌やウイルスをつかったバイオ兵器といえる。目に見えぬこの極小の殺人生物を敵国にばら撒けば、簡単に万単位で敵国民を殺すことができる。そのため、化学兵器と並んで「貧者の核」といわれる存在であり、その恐怖は現在も世界中の軍事基地や研究所で眠っている。人間に利用されてきた動物たちは、人間の救いようのなさに嘆いていることだろう。

宇宙の犠牲者 ライカ犬

犬は人間にとって歴史上、もっとも古い友人である。そんな犬のなかでも特に、いまもなお人々の記憶に残る一頭の犬がいる。
クドリャフカと名づけられた雌のライカ犬だ。彼女はソビエト連邦の宇宙開発の一環として実験動物に選ばれ、史上はじめて地球軌道を周回した犬である。
当時ソビエトでは、20頭以上もの犬が宇宙犬として訓練されていた。この犬たちはロケットで打ち上げられ高高度からのパラシュート落下訓練や気密室に数週間も閉じ込められるという訓練を受けており、そのなかでもクドリャフカは特に優秀であった。
1957年11月3日、クドリャフカを乗せたソビエトのスプートニク2号がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ地球軌道に到達した。
公式ではクドリャフカは打ち上げ10日後に安楽死させられたとされている。当時のテレビでも、犬は元気だと報じられていた。
しかし、実際には、クドリャフカは打ち上げ数時間後に加熱と過度のストレスによって死んでいたそうだ。脈拍は安静時の3倍にも上昇し、呼吸困難に陥り、パニック状態に陥っていたと推測される。いかに地上での訓練を積んでいたとしても、身体を固定され、無重力という未体験の場所での暗く狭い気密室はまさに恐怖の領域であったに違いない。凄まじいストレスがかかっていたはずだ。しかもこの時、断熱材の一部が損傷していたため、船内の気温は15度から41度まで急上昇していたのだ。いったい、どれほどの恐怖が彼女の身に襲いかかっていたか想像を絶する。
一説によれば、飛行開始の5~7時間後、クドリャフカの生存の気配はゼロとなったという。クドリャフカにとっては10日間も生き地獄を体験するよりもその方が幸せだったのかもしれない。
スプートニク2号はその後、地球軌道を2570回まわった後、地球に突入し焼失した。
現在、おこなわれている人間の宇宙への進出は、このような犠牲の下に成り立っているのである。

ジェヴォーダンの獣

18世紀のフランスを恐怖が襲った。
マルジュリド山地周辺にて獣害が発生したのだ。犠牲となったのは牛や豚といった家畜ではなく人間だった。
1764年6月30日、ジャンヌ・ブレという14歳の少女が最初の犠牲者となった。彼女は頭を噛み砕かれており、血塗れで変わり果てた姿で発見された。人々は恐れおののいたが、それはこれから始まる恐怖の序章に過ぎなかった。
これ以降、狼に似た黒い獣の姿が相次いで目撃される。そして目撃情報が増加していくにともない、犠牲者の数も増えていった。
この獣による被害は、確認されているだけでも襲撃が198回、死者の数は88人、負傷者の数は36人にものぼる。しかもこれは少なく見積もっての数値であり、実際には襲撃の回数も死傷者の数ももっと多いのではないかと思われている。人知れず襲われ、そして殺されていった者も少なくないと思われるからだ。事実、この黒い獣によって襲われたと思われる遺体が他にも多数、見つかっているからだ。
犠牲者の多くは女性や子どもだった。当時、家畜の世話をするのは女性や子どもたちの役目であり、彼らは単独か少人数で働くことが多かったからだ。犠牲者となった者たちは頭部や首筋を集中的に狙われ、なかには全身をズタズタに引き裂かれて殺された者もいたという。
獣による被害は続き、やがて国家が介入することとなる。ルイ15世の命令により、討伐隊が組織されたのだ。討伐隊は次々と狼を狩ってゆき、ついにアントワーヌという人物が体長1・7メートルもある巨大な狼を仕留めることに成功する。当初、この狼がジェヴォーダンの獣と思われたが、黒い獣による被害はその後も続く。少年2人を含めた12人がさらに殺され、多くの負傷者を出したのだ。
だが、ジェヴォーダンの獣にも最後の時が訪れた。ジャン・シャストルという猟師が銀の弾丸を用いてこの獣を仕留めたのだ。こうして黒い獣による襲撃は終わった。
この黒い獣がなんであったのか、現代でも判明していない。狼だったのか、野犬だったのか、貴族に飼われていて逃亡したハイエナだったのか、それともまったく未確認の別の生物だったのか。ただ、この黒い獣が歴史上、稀にみる被害をもたらした獣であることは確かだ。
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グーニャ

Author:グーニャ
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