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ジェヴォーダンの獣

18世紀のフランスを恐怖が襲った。
マルジュリド山地周辺にて獣害が発生したのだ。犠牲となったのは牛や豚といった家畜ではなく人間だった。
1764年6月30日、ジャンヌ・ブレという14歳の少女が最初の犠牲者となった。彼女は頭を噛み砕かれており、血塗れで変わり果てた姿で発見された。人々は恐れおののいたが、それはこれから始まる恐怖の序章に過ぎなかった。
これ以降、狼に似た黒い獣の姿が相次いで目撃される。そして目撃情報が増加していくにともない、犠牲者の数も増えていった。
この獣による被害は、確認されているだけでも襲撃が198回、死者の数は88人、負傷者の数は36人にものぼる。しかもこれは少なく見積もっての数値であり、実際には襲撃の回数も死傷者の数ももっと多いのではないかと思われている。人知れず襲われ、そして殺されていった者も少なくないと思われるからだ。事実、この黒い獣によって襲われたと思われる遺体が他にも多数、見つかっているからだ。
犠牲者の多くは女性や子どもだった。当時、家畜の世話をするのは女性や子どもたちの役目であり、彼らは単独か少人数で働くことが多かったからだ。犠牲者となった者たちは頭部や首筋を集中的に狙われ、なかには全身をズタズタに引き裂かれて殺された者もいたという。
獣による被害は続き、やがて国家が介入することとなる。ルイ15世の命令により、討伐隊が組織されたのだ。討伐隊は次々と狼を狩ってゆき、ついにアントワーヌという人物が体長1・7メートルもある巨大な狼を仕留めることに成功する。当初、この狼がジェヴォーダンの獣と思われたが、黒い獣による被害はその後も続く。少年2人を含めた12人がさらに殺され、多くの負傷者を出したのだ。
だが、ジェヴォーダンの獣にも最後の時が訪れた。ジャン・シャストルという猟師が銀の弾丸を用いてこの獣を仕留めたのだ。こうして黒い獣による襲撃は終わった。
この黒い獣がなんであったのか、現代でも判明していない。狼だったのか、野犬だったのか、貴族に飼われていて逃亡したハイエナだったのか、それともまったく未確認の別の生物だったのか。ただ、この黒い獣が歴史上、稀にみる被害をもたらした獣であることは確かだ。
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