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毒殺を恐れたミトリダテス6世

国王、皇帝、あるいは独裁者など、国を統べる為政者たちが常に恐れていたのが暗殺だった。自らにやましいところがあってもなくても、人の上に立つということはそれだけで常に危険がつきまとう行為なのである。歴史上、謀殺された為政者の数は知れず、現代においても暗殺の系譜が続いているのだから、恐怖が遺伝したとしてもなんら不思議ではない。
紀元前、小アジアにあったポントスという王国の国王ミトリダテス6世も暗殺を恐れた人物だった。当時、ポントス王国はローマをはじめとする諸勢力との争いの渦中にあり、戦争での死よりもむしろ陰謀による死の危険性が大きかった。彼が特に恐れていたのが毒殺であり、いつか毒を飲まされて殺されるのではないか、と常に思っていたようだ。そのためか、彼は毒に対する耐性を身につけるため、常に少量の毒を服毒して訓練していたらしい。また、毒に関する研究も数多くおこなわせており、王宮には植物園ならぬ毒草や毒キノコ、アヘンといった麻薬を栽培するための毒物園まであったらしい。この研究によって世界初となる解毒剤「ミトリダテウム」が製造されたというから驚くばかりだ。囚人を使用した人体実験もおこなわれ、その効果は確かだったらしい。
だが、彼の毒に対する執着が悲劇を生む。
ローマとの戦争に敗れた彼は、追いつめられ、毒を飲んで自殺を図った。しかし、毒に対する過度の耐性ができていてしまったがために死ぬに死ねず、悶え苦しんだ後、部下に自らを殺させてようやく絶命した。何事もやり過ぎはよくないということか。
みたみに、ミトリダテス6世が作った解毒剤は宿敵ローマの手に渡り、アンドロマコスという医者の手によって「テリアカ」と呼ばれる万能薬へと昇華される。このことはおそらく、ミトリダテス6世にとっては本望ではなかったに違いない。
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