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帝都直撃 関東大震災

巨大な災害はある日、突然、人間に対して牙を剥く。そして何気ない日常や平穏な生活、人々の営みをズタズタに破壊し、踏みにじる。暴威を剥きだしにした自然災害の前に人間は無力だ。そして日本という国は、常にそんな自然災害にさらされてきた国なのである。

日本ほど自然災害が多い国は少ないだろう。落雷を原因とした山火事、突発的な火山の噴火、毎年のように到来する巨大な台風、大雨による河川の氾濫や洪水など、あげればキリがない。しかし、それらの自然災害のなかでももっとも恐れられている災害が存在する。地震だ。読んで字のごとく大地が震えるこの災害は、古来より日本に大きな被害をもたらしてきた。特に最大の被害をもたらしたのが現在でも伝説のように扱われている関東大震災である。
関東では昔から周期的に地震が起こってきた。鎌倉時代、江戸時代、そして大正時代と周期的に巨大な地震を繰り返し、そのつど人間に大きな被害を与えてきた。なかでも特に巨大な被害を出したのが大正時代におこった関東大震災である。1923年9月1日午前11時、神奈川県の相模湾を震源としてマグニチュード7・9という巨大な地震が発生した。不運なことに、発生時間はお昼どきであったため、多くの家で昼食用の火が焚かれていた。しかもこの時代の多くの建物が木造建築物であり、これが火災の勢いに拍車をかけた。この火災による被害こそが、地震そのものよりも被害を拡大させた原因なのである。
最初に発生した火災はそれほど多くはなかった。だが、その火は強風であり、これにあおられて火の手が拡大した。この時、地震の被害を受けた多くの被災者たちが指定されていた避難場所に集まっていた。そこを竜巻となった火災、通称火災旋風が襲撃したのである。現場はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
人々は逃げ惑ったが、人の多さと厚みによってほとんど身動きが取れない。そして赤い絶望が灼熱をともなって人々を踏みにじった。生まれたての赤ん坊から老いた老人にいたるまで、次々と炎に飲まれて絶命していく。男も女も容赦なく自然の猛威に襲われて即死していった。火災による被害は9万人以上に昇り、これは関東大震災全体の約9割を占めている。この火災は首都圏のほぼ全域に及び、地震発生から2日後にようやく鎮火した時には21万2000余りの建物を燃やし尽くし灰にしてしまった。そしてあたりには瓦礫の山だけが残ったのである。人々は焼け跡からの再出発を余儀なくされた。

関東大震災はその後の自然災害に対する警戒の度合いを高めるきっかけとなった出来事である。震災があった9月1日は防災の日に指定され、その前後の日に決まって防災訓練がおこなわれている。地震に対する備えはいまも着実に進められており、その被害を最小限に食い止めようと日々、努力がなされている。
こうして日本人は、この災害列島でも強く生き続けてきたのである。
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