スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

欧州を守れ! トゥール・ポワティエ間の戦い

世界史において十字軍によるイスラム教世界への侵攻は有名である。キリスト教を主教とするヨーロッパ勢は大軍を率いて中東へと攻め入り、そこで蛮行・悪逆非道の数々をおこなった。キリスト教徒たちはイスラム教徒たちを虐殺することになんの抵抗も疑いもなく実行し、男は皆殺しにされ、女子どもは奴隷として売りさばかれた。そして金目の物は根こそぎ略奪されたのである。
では、イスラム教徒たちは一方的な被害者かといえばそうでもない。イスラム教はイスラム教でキリスト教圏であるヨーロッパへと侵攻したことがある。イスラム教世界にとっては初めてとなる世襲国家・ウマイヤ朝がそうだった。別に珍しいことではない。この時代は侵略にせよ、征伐にせよ、防衛にせよ、戦いにつぐ戦い、戦乱につぐ戦乱がずっと続いており、それが中世の世界を成り立たせていたからだ。
イスラム教国・ウマイヤ朝は強大な国家であった。その勢力範囲は中東に留まらず、北アフリカから現在のアフガニスタン、そしてイベリア半島(スペイン)にも及んでいたのである。そしてウマイヤ朝はこのイベリア半島を足がかりとして侵略軍を編成し、ヨーロッパへとその勢力の拡大を目論んでいたのだ。
西暦732年カリフ・ヒシャームによってイベリア知事に任命されていたアブドゥル・ラフマーン・アル・ガーフィキーが大軍を率いてピレーネ山脈を北上、フランク王国内へと侵入したのだ。最初にこの軍を迎え撃ったのはボルドーのウード伯であったが、強大なイスラム軍の前に大敗し、ボルドーは略奪され、破壊し尽くされた。アブドゥル率いるイスラム軍はさらに侵略の歩みを進め、トゥールにあるサン・マルタン教会を目指す。そこに莫大な財宝があるとの情報を得たからだ。
この頃、フランク王国ではことの重大さに気づいたカール・マルテルが急遽軍を召集していた。英明だった彼はイスラム軍の侵略が意味することを知っており、国土を防衛するために出動したのだ。もし、進撃するイスラム軍を止めることができなければ、それはヨーロッパ全土の危機のみならず、キリスト教世界の終焉をも意味するのだ。事態は一刻を争う。カール・マルテルは編成した1万5千の軍勢を率いてパリからトゥールに急行し、南のポワティエにて激突した。
戦いは壮絶だった。イスラム軍は騎兵隊を軸に波状的な攻撃を仕掛け、フランク軍を苦しめた。しかし、カール率いるフランク軍の重装歩兵部隊は密集陣形を形成して頑強にこの攻撃を凌いだ。この時点においてイスラム軍の力はフランク軍を遥かに上回っており、戦いが長引けば長引くほどフランク軍にとっては不利な戦況となっていた。だが、幸運がフランク軍を救う。イスラム軍の指揮官であったアブドゥル・ラフマーン・アル・ガーフィキーが戦死し、戦意を喪失したイスラム軍が退却していったのである。カールを含め、フランク軍はホッと息を吐き、安堵したという。
この戦いによってカールの声望は一気に上がったが、カールとしてはそれを喜んでばかりはいられなかった。強大なイスラム軍がまたいつ攻めてくるかわからない今、その脅威に対応できるようにしなければならない。カールは騎兵部隊を増員し、強大な権力を誇っていた教会から領地を没収してそれを騎士たちに分け与えるなどして改革をはかった。封建社会の台頭である。そしてやがて十字軍へと繋がっていくのだが、それはまた別の話である。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

グーニャ

Author:グーニャ
FC2ブログへようこそ!

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle訪問者数sidetitle
sidetitle広告 ハピタスsidetitle
日々の生活にhappyをプラスする|ハピタス
sidetitle広告 モッピーsidetitle
モッピー!お金がたまるポイントサイト
sidetitle広告 マクロミルsidetitle
マクロミルへ登録
sidetitleにほんブログ村sidetitle
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleリンクsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。