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マンテル大尉事件

この世には理解不能な出来事が多々存在するが、実害を伴った例はそれほど多くは無い。しかし、時には例外的に人死にが出る場合も少なからずある。アメリカ合衆国空軍所属のトーマス・F・マンテル大尉もその一人かもしれない。
1948年1月7日、ケンタッキー州にて未確認飛行物体に関する目撃情報が相次いだ。連絡を受けたゴドマン空軍基地はすぐさま付近を飛行中の飛行部隊に連絡し、追跡を指令した。この飛行部隊を率いていたのがトーマス・F・マンテル大尉だったのである。マンテル大尉率いる飛行部隊はすぐに自分たちよりもはるかに上空を飛行している謎の未確認飛行物体を発見、追跡に入った。しかし、この直後、他三機の戦闘機が燃料不足のため追跡を断念し、マンテル大尉だけが上昇を続ける未確認飛行物体の追跡を継続した。
マンテル大尉が空軍基地に対して、

「高度7000フィートまでに追いつかなければ追跡を断念する」

と報告し、消息を断つ。
そして数時間後、マンテル大尉は広範囲にわたってバラバラになった戦闘機の残骸と共に遺体となって発見される。
この事件は全米のマスコミによって報じられ、センセーショナルな事件としてアメリカ全土を震撼させた。アメリカ空軍は当初、「大尉は金星を未確認飛行物体と誤認して高硬度で飛行し、酸欠状態に陥って意識を失って墜落した」と発表しているが、1年後には「海軍がテスト飛行させていたスカイフツク気球を誤認した」と説明を変えている。スカイフック計画は当時、海軍がおこなっていた極秘計画だったため、空軍への連絡がおくれたためだ。最終的にこの「気球の見間違い」がマンテル大尉事件の真相のようだが、はたしてそれは本当なのだろうか。
嘘か真か、マンテル大尉は最後に次のような言葉を残しているそうだ。

「飛行物体の中に何人かの人が見える!」

と。
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