スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アロー戦争(第二次アヘン戦争)

麻薬の取締りを理由に他国へと侵略戦争を仕掛けた国は、歴史上、唯一イギリスだけであろう。中国との貿易赤字に苦しんでいたイギリスは、茶や絹を輸入する代わりに麻薬であるアヘンを密輸することによって大量の銀を手に入れ、商品だったアヘンを没収されて破棄されるとそれを理由にして中国を攻撃して侵略を拡大した。これが世に伝わる麻薬戦争・アヘン戦争の顛末である。
このアヘン戦争にはまだ続きがある。
アヘン戦争後、中国・清は長江河口以南でのアヘン貿易を黙認していた。これは中国にとっては極めて深刻な問題であった。アヘンによる麻薬汚染は中国全土に拡大し、巷には麻薬中毒になった貧民が溢れ、役人や軍人にも汚染が及び、国全体の国家機能が低下しつつあったのだ。こんな状況だから経済も慢性的な不況に陥っており、住民の間では外国人排斥運動が高まって広州にある英国商館が焼き討ちに遭うという事件まで発生する有様だった。中国とイギリスを初めとする欧米列強の対立は日増しにその深刻の度合いを増しており、幾度か交渉や折衝がもたれたが両者のズレは増すばかりであった。そんな最中におこったのが「アロー号事件」である。イギリス船籍だった中国船アロー号が中国の役人によって拿捕されたのだ。この船、実はアヘンの密売船であり、大量のアヘンが押収された。これをきっかけにイギリスが清に噛み付いた。
イギリスは中国の行為は不当だと抗議したのだ。しかもアロー号に掲げられていたイギリスの国旗を引きずり下ろし、海に捨てたのは国辱だとして、最終的には戦争を吹っかけたのである。。だが事件当時、アロー号の船籍登録はその有効期限が切れており、すでにイギリスの船ではなかった。しかも国旗も実は掲げられておらず、役人による逮捕もまったくの合法だった。イギリスのやり方は、いまでいう「汚い」のひと言に尽きる。はたしてこの行為のどこが「紳士の国」の行為なのだろうか。
イギリスはフランスと手を組み、清を攻撃する。一時はモンゴル人将軍セルゲンリンチン率いる軍に敗れるなどしたが、戦争勃発の翌年には大艦隊と大軍を率いて清軍を各地で撃破し、北京へと進軍した。そして清国随一の美しさを誇っていた離宮・円明園で略奪と放火を働き、貴重な工芸品を破壊し、金銀や毛織物を略奪してまわったのである。失笑すべきは略奪を働いたフランス軍と放火したイギリス軍の行為を双方が非難したということである。これを「目くそ鼻くそを笑う」という。
その後、さらなる不平等条約へと進化した「北京条約」が結ばれ、中国は完全に欧米列強に屈服した。中国がこの苦渋の歴史から解放されるには、これからさらに100年の時間を必要とする。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

グーニャ

Author:グーニャ
FC2ブログへようこそ!

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle訪問者数sidetitle
sidetitle広告 ハピタスsidetitle
日々の生活にhappyをプラスする|ハピタス
sidetitle広告 モッピーsidetitle
モッピー!お金がたまるポイントサイト
sidetitle広告 マクロミルsidetitle
マクロミルへ登録
sidetitleにほんブログ村sidetitle
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleリンクsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。