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日本・パラオ友好の橋

かつて日本の統治下にあり、太平洋戦争では有数の激戦地だったパラオ。天皇陛下が訪れたことでも有名なこの島で、戦後、もう一つの戦いが勃発したことはあまり知られていない。戦った国は日本と韓国。むろん、戦ったといっても、武力による衝突ではない。また、国同士の戦いもでなかった。コロール島とベルダオブ島を結ぶ橋の建設を巡って日本の鹿島建設と韓国のSOCIO建設が受注を巡って激突したのだ。
 橋の建設を巡り、入札がおこなわれた結果、韓国企業が鹿島建設の半分の値段で建設を受注。もちろん、彼らが汚い手を使ったのはいうまでもない。普通に考えればどうやっても赤字になる値段で引き受け、その裏で韓国企業は薄めたコンクリートを使用したり、鉄骨を細い物に変えたりと、自称「世界一」の技術を使って「KBブリッジ」を完成させたのだ。
 当初から橋の耐久性に疑問の声があがっていたが、韓国企業はガン無視。そして1996年9月26日、橋が崩落し、2名が死亡、4名が負傷、電気、水道、電話などのライフラインが寸断され、事が大きくなると、なんとSOCIO建設は韓国に高跳びしたのである。つまり、一切の責任を放棄して逃げだしたのだ。パラオ政府は当然、韓国に抗議したが、韓国はそ知らぬ顔で通したといわれている。
 パラオ政府が途方にくれたのはいうまでもない。そして財政的な理由で橋の再建を断念せざるを得なくなったパラオに対し、無償援助を申し出たのが日本だった。
 建設に携わったのは韓国との受注競争に敗れた鹿島建設である。不正なコンクリートや細い鉄筋が使用され、なんの役にも立たない崩落したKBブリッジの残存部分はすべて撤去され、1997年に一から着工。正真正銘の一流の技術によって建設がおこなわれた結果、5年後の2002年に「日本・パラオ友好の端」として橋は完成。韓国が作った橋とは比べ物にならないほそ立派なアーチ状の橋は、現在でもパラオの交通の動脈として使用されており、橋のたもとの記念碑には日本とパラオの友好が刻まれ、両国の国旗が美しいコントラストを描いている。
ちなみに韓国の面影は、事故の記憶だけだそうだ。
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